カテゴリー : work

都市の緑は誰が創るのか

ある技術系の雑誌に,とても興味深い話題が取り上げられていた。
「東京にはなぜ緑の空間が多いのか?」そして「大阪はなぜ緑が少ない?」

普段から多くの人々が見ている東京地下鉄マップ。
鳥の目になって俯瞰してみると,意外なほど緑地空間が多いことに気がつく。
皇居と北の丸公園,上野公園,六義園,小石川後楽園,新宿御苑,代々木公園,日比谷公園,浜離宮,芝公園,国立自然教育園,そして明治神宮,護国寺・・・

・・・歴史を紐解いてみる。
皇居と北の丸公園は言うまでもなく徳川将軍の居住城で江戸幕府の拠点,明治以降は天皇家の御所となり現在は宮内庁の管轄となっている。
上野公園は寛永寺の境内が明治時代に宮内庁の管轄を経て大正に東京市へ下賜。六義園は5代将軍綱吉から下賜された土地が岩崎弥太郎の所有を経て東京市へ寄付された。浜離宮は6代将軍家宣の庭園が皇居の離宮となったあと東京市へ下賜された。国立自然教育園は高松藩松平家の下屋敷が宮内庁の御料地となり現在は文科省の管轄。
小石川公園は水戸家の上屋敷。新宿御苑は高遠藩内藤家の下屋敷。日比谷公園は松平肥前守の上屋敷。どれも現在は東京都の管轄下にある。芝公園は増上寺の境内であったが,戦後の政教分離により東京都の管轄となった。
護国寺は5代将軍の綱吉が創建。明治神宮は明治天皇を祀る神社として創建され,靖国神社は戊辰戦争で亡くなった人を祀る神社として創建され現在に至っている。

浜離宮

東京プリンスパークタワー。芝公園の敷地内に建つ。
空間そのものが好きなホテル。設計は丹下健三の息子,丹下憲孝。

寺社を除いた都内の緑地は,江戸時代の将軍や大名たちが造り,行政が引き継いで存続しているものばかりであることが分かる。
それに気づくと「なぜ大阪には緑が少ないのか?」という疑問も自然に解けていく。

大阪には緑が少ない。
もちろん,大阪城や中ノ島公園や御堂筋や谷町筋の寺には緑がある。しかし,それらは東京に比べればはるかに少ない。東京を散歩していると,大小さまざまな緑の空間に出会う。緑あふれる公園のベンチでひと休みしてまた歩き出す。東京都心での散歩は緑の空間との出会いが繰り返される。ところが,大阪市内の散歩ではなかなか緑の空間と出会えない。
大阪の人々が緑を愛していないわけではない。市内のどの路地に入り込んでも,狭い軒先に小さな鉢植えが何段にも置かれ,季節の花があふれんばかりに咲いている。それなのになぜ,大阪には緑の空間が少ないのか。

江戸時代,当時の権力は江戸に集中し,江戸市内には全国の大名屋敷が軒を並べていた。それに対して,大阪は天下の台所と呼ばれ,庶民の街であった。
いつの時代も,世界中どこの街でも,庶民の家は狭かった。庶民が集まり,庶民の住居が建てられていくと,かつては大きかった区画は,いつのまにか細分化され,歴史の跡や緑の空間は失われていった。
その代表的な都市が,大阪の堺市。堺は,高校の歴史の授業で必ず習う。武力を持たない商人たちが,戦国大名たちと対等に渡り合った「市民都市・堺」は印象深い。市民都市・堺の主役は庶民であった。庶民は広大な土地など保有できない。もし保有できたとしても,その土地を何十年も何百年も維持できない。庶民の町の堺では,庶民によって土地は細分化され,史跡や緑は次々と潰されていった。それに対して,江戸では大名たちが広大な土地を保有し,それを何十年,何百年も維持していた。

140年前,日本は幕藩封建社会から国民国家への変身をはかった。江戸が東京になり,日本社会の主役は庶民となった。その東京から大名たちは消え,その子孫たちは広大な屋敷を手放し,広大な屋敷跡は細かく分割されビルが建ち,史跡と緑は消えていった。激しい近代化の中,国や東京都など行政が引き継いだ空間だけが,どうにか21世紀まで存続し,地図に記される緑となった。

21世紀の今,あらためて歴史を掘り起こし,緑を大切にしたいという人々の思いが顕在化してきている。しかし,もうこの時代に将軍や大名のような権力者たちはいない。今,都市を造るのは行政であり,大規模な民間開発者である。歴史と伝統文化を引き継ぎ,緑豊かな都市空間を創り出すのは,行政と民間開発者に託されてしまった。都市づくりにおけるその役目と責任は大きい。


ガラスのアーケード

公共空間のモノ造りに関する最近の話題から。
四国は香川県高松市の商店街で完成した「ガラスのアーケード」。

高松市の中心市街地には古くから中小店舗の連なる商店街が長く形成され,連続するアーケードの延長2.7kmとドーム部の高さ32.2mは共に日本一というまさに「アーケード王国」。
そんな高松市にある高松丸亀町商店街では現在再開発事業を推進中。全体延長約470mのうち,北側のA街区からC街区に架かる長さ約100mのアーケードが完成し4月29日に竣工式を迎えました。
アーケード高さ約22m。特筆すべきはその屋根部分の構造で,複層に組み合わせた強化ガラスを使用しています。
屋根を支持する仕組みは街区によって異なっており,大規模な再開発ビルが建つA街区とC街区では4階建ての再開発ビルで支持し,規模が小さいB街区では建物との敷地境界付近に屋根を支える柱を設置。B街区の柱は不規則に配置することで樹木が林立するようなイメージとなっています。

中心市街地の活性化は全国的に課題となっていますが,単に夢想的な発想をするだけではなく,実現可能な枠組みの中で新しいモノを生み出していく実行力をぜひ見習いたいものです。

この柱と屋根・・・どこかで見たことのある構造だなぁと思ったら,東京ミッドタウンの大屋根とイメージが似ていますね。
人工的な空間で感じる木洩れ日とそよ風。白い鉄骨と自然木との対比が素晴らしい。
ミッドタウンのショッピングゾーン「ガレリア」に入るテナントはセレブでハイソサエティなお店ばかりですが,全体的な雰囲気はどことなく下町のアーケード街を連想させます。好きな空間。


東京ゲートブリッジ

真に要求される条件を満たすため構造形式を選ぶ。
今ある技術で実現不可能なら,いっそのこと新しく創り出してしまう。
単に化粧を施すのではなく構造そのもので表現することが「デザイン」だと僕は思います。
世の中にあふれる自己満足型の「アート」や「クリエイティブ」では到底太刀打ちできない「美しさ」と「強さ」がそこにはあります。

現在東京港で整備中の「東京ゲートブリッジ」
中央防波堤外側埋立地と江東区若洲の約4.6kmを結ぶ東京都臨海道路Ⅱ期事業のうち,橋梁部は約2.9km。
主橋梁部の設計において課せられた条件は大きくふたつ。
・直近に位置する羽田空港の空域制限(高さ98.1m以下)
・東京第3航路の航路制限(航路幅300m,桁下高さ54.6m以上)
つまり,「高い主塔は建てられない」「桁下に広大な空間を確保しなければならない」という相反する課題を同時にクリアしなければならない。もちろん,首都東京の新たな海の玄関口としてのランドマーク性も強く求められます。
この厳しい設計条件を満たすため,構造形式の選定にあたりアーチ橋や斜張橋,吊橋などの中から様々な検討が重ねられ,最終的に「鋼3径間連続トラス・ボックス複合構造」が採用されました。

BHS(Bridge-High-Performance-Steel)と呼ばれる高強度かつ製作性に優れた鋼材,疲労耐久性を向上させた鋼床版構造,地震時のエネルギーを吸収する機能分離型すべり免震支承など,多くの新技術が採用されています。
また,従来の鋼橋では部材継手はボルト結合が主流ですが,本橋では現場溶接を採用。これにより桁表面に凸凹が生じず景観性が向上するとともに,鋼材重量の低減,塗装耐久性の向上,維持管理費の低減にも一役かっています。

2011年2月末に中央箱桁の架設も完了(なんとひと晩で施工!),すでに橋梁部は一本に繋がっています。
橋梁上の都心側には歩道も整備され歩いて渡ることも可能。2012年春の供用が楽しみですね。

LEXUS CT200hのCM。まさにDance with Hybrid!!
丹下健三の代々木体育館を経て東京ゲートブリッジへの旅。
ボーカルは日系スウェーデン人のmaia hirasawa。SLEEP WALKERやKOOPでお馴染みのYuikimi Naganoを彷彿とさせます。北欧の薫り。

おまけ。九州新幹線のCMで流れる歌声もmaia hirasawaですね~


5年後の世界

a_space_odessey

あるIT起業家がこんなことを語っていた。
「最近結構採用のときにブログを見るんですよ。履歴書なんて1日で作れちゃうんで何とでも書けるじゃないですか。でもブログって,例えば1年分書いてあったら,そんなもん1年かけなきゃ書けないんで,応募してきた人のブログがあると大体かなり読み込んで,結構それってやっぱ役立つんですよね」

・・・ふと思い立って,自分が以前利用していたblogを開いてみた。
過去5年間に書いた文章を久しぶりに読み返す。
その中で,2005年の記事に「2010」の文字が。

2005.11.1
某重工業会社の技術屋さんから連絡。なんとH-2ロケットの会議。わわっ。
細かい中身はもちろんCOFIDENTIALなんですが。
先方さんが説明の途中「2010年以降の新たな方策として・・・」「2010年度を目途に・・・」と何度も『2010年』を連発していたのが妙に感慨深かった。
そういえばキューブリック監督『2001年宇宙の旅』の続編は『2010年…』だったよな~,なんて夢想してしまう。
2001年ですら遠くなりにけり,の今日この頃。
2010年へ「あの頃夢見ていた未来」を再び投影していいだろうか。
たった5年後,されど2010年。
一体僕は,何処で何をしているのだろう。

・・・上の文章での「今日」はすなわち2005年。
そして現実にやってきた「今」2010年。
僕は,そしてみなさんは,どこへ行くのでしょう。
ここではない,どこかへ?


Watch on Youtube


雨の日と月曜日は

Down Beat Ruler vol.1

Down Beat Ruler vol.2

朝からプリンタが何度も止まる。なぜか僕のパソコンで印刷をかけると紙づまり。
共有プリンタなので職場のみなさんの痛い視線を浴びつつプリンタをガサゴソ…

「エラー!紙づまりです。ぱぴさんが虫を入れました。2番トレイが病気になりました(嘘)」
   ↓
忍者屋敷のように入り組んだ扉を全部開けてくしゃくしゃの紙を取り出す。
   ↓
デスクに戻ってもう一度印刷ボタンをポチッ 
   ↓
エラー☆虫を退治してください(嘘)
   ↓
ゴソゴソ・・・アチチッ(高温注意)
   ↓
虫を…いや紙をむしり取る
   ↓
印刷ポチッ
   ↓
エラー♪

なんでやねん!

「このプリンタは超気分屋。月曜の朝イチはいつも調子悪いし。あと雨の日は湿気が悪さをするみたい」
という女性陣のアドバイスを聞いて用紙トレイに乾燥剤を大量投入して復活。
妙に人間的な親近感を憶えてしまいました。
カーペンターズ「Rainy Days and Mondays」を想い出したアンニュイな月曜の朝。

土曜日は夕方からとあるトークセッションへ。
何かを期待して行ったのに,最後まで何をしたいのか分からなかった。
出演者は悪くないと思う。主催者が悪いか僕が悪いか,又は両方だ。
たくさん話を聞きたかったふたりの人物は,きちんと自分の言葉で語ってくれていた。
本番中に司会者が「ここは中休みですから気楽に」なんて絶対言ってはいけない。
ジャズライブのMCでそんなこと言えばあのお店ならきっとロングブーツが飛んでくる。
そして公開の場で発言する者は,病気や障害について一片たりとも差別的な表現を用いてはならない。
1円でもお金をとって表現するのならプロ意識を持って欲しい。
お気に入りのミュージシャンのライブへ足繁く通い続ける,でも集中力に欠けたステージはボロボロにけなす。そんな男気あふれる音楽友達の気持ちが分かる気がした。

深夜はakikoのリリース・パーティ「Lodon Nite」。
SKA FLAMESのテナーサックス奏者,大川さんのDJを初めて聴く。
全て10インチ。ということで専用ターンテーブルを持ち込み。
丁寧にゆるい,心地良いプレイスタイルでした。

akikoのライブは新譜を中心にロックな選曲。彼女の歌声はジャズしか聴いたことなかったから新鮮。
欲を言えばジャズ系から「Recado Bossa Nova(The Gift)」が聴きたかったけれど…それはまたいつか。
本邦初公開という「Golden Earrings」がとてもシック。
11月に発売される大川さん監修のコンピ「Down Beat Ruler vol.3」へ収録されるそうです。
ライナーノーツを手がけるDJ松浦俊夫氏いわく,Rojo Regaloとakiko & eribakuがオススメとのこと。買います。

フロアで鼻血事件の真相やいかに…


Page 1 of 212
TOP